BPO
More you might like
バッテリー上がったとき彼氏が
「ジェフ呼ぶわ」って言うから
(はあ?JAFだろ、馬鹿かこいつマジでイライラするわ)とか思ったら中年の外人が来てワロタ
確かにジェフだったけどつーかJAF呼べよ
新橋の居酒屋でちょこっとバイトをしたとき、「十番はいります」というのがトイレに行く宣言でした。お店によっていろんなヴァリエーションがあるんでしょうね。先週寄った川越の激安チェーン居酒屋では女の子が「うんこいってきます」といったのでしびれました。
75:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/05/10(火) 20:46:41.63 ID:0DE3frUa0
21 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2006/08/21(月) 12:04:13 ID:3rw1HeYC0
1年前の今日、妹の友達と付き合い始めた。
そしてその日を境に妹の俺に対する態度が豹変した。
口数が減ったし、顔を合わせれば睨んでくる。
たまに口を開いたかと思えば「死ね」だの「消えろ」だの辛辣な言葉ばかり。
そんな状態が続いて、現在。
依然として冷たい態度をとる妹は、かつての友達、いまや俺の恋人となった子にまで
つらくあたり始めた。さすがの俺も業を煮やして妹に詰め寄った。
「お互い好きで付き合ってるのに、いったい何が気に入らないんだ!?」
妹は答えた。絶叫した。
「あんたたち男同士でしょ!!」
その瞬間、俺の尻がきゅっと締まった。
小さい時ご飯粒残してたら親に「お米1粒作るのに1年かかるんだぞ!100粒作るのにどれくらいかかるんだ!」と言われて、100年て答えたら「1年に決まってんだろ!」て訳の分からない怒られ方をされたのを思い出した
この頃、日本人を恐怖で震撼とさせた一つの事件がありました。
1907年3月に、突如アメリカの軍艦16隻が、船体を真っ白に塗り、何の前触れもなく日本の太平洋近海に現われたのです。
この事件について、欧米の新聞各紙は、「日米戦争」がはじまるものとして報じましたが、日本はまったく寝耳に水で、黒船来航以来の恐怖を日本国民に与えました。
そして、日本側はこのとき戦争になるのを避けるために急遽この「白船来航」を歓迎することとします。
歓迎の式典を大々的に行い、横浜に上陸したこの米軍一行を国を上げたお祭りムードをむりやり装って歓待することで、非常事態を回避したのでした。
英国にとって、日本との戦いは衝撃をもって始まった。
__________
もっとも衝撃的だったのは、『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』という大英帝国海軍が誇る2隻の戦艦が、日本の航空攻撃によって、わずか4時間で撃沈されてしまったことだった。それまで航空攻撃で、外洋を疾走する戦艦が撃沈された前例がなかった。・・・イギリスの誇りは陸軍ではなく、海軍にあった。その誇りが、一瞬にして貶(おとし)められた。[1,p42]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
12月8日の真珠湾攻撃のわずか3日後の事であった[a]。陸上戦でも、英国民にとっての衝撃は続いた。__________
日本軍が突然、マレー半島に上陸し、まったく次元の違った戦いが始まった。チャーチル首相も、面食らった。シンガポール防衛軍のパーシバル司令官は、金縛りにでもあったかのように、まったく戦うこともせずに、戦意を喪失し、降伏した。・・・大英帝国にとってシンガポールは、香港や、上海につぐ重要な拠点だった。シンガポール陥落はイギリスにとって、植民地支配の終わりを象徴していた。[1,p44]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄シンガポール陥落は、昭和17(1942)年2月15日、開戦から2ヶ月余りしか経っていなかった。[b]
■3.「日本軍は大英帝国を崩壊させた」日本から受けた衝撃を、英国民はどのように受けとめたのか。
__________
日本軍は、大英帝国を崩壊させた。イギリス国民の誰一人として、そのようなことが現実に起ころうなどとは、夢にも思っていなかった。それが現実であると知った時の衝撃と、屈辱は察して余りある。[1,p44]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄__________
イギリスは数百年間にわたって、負けを知らなかった。大英帝国を建設する過程における侵略戦争は、連戦連勝だった。私はイギリスは戦えば必ず勝つと思っていたし、学校でそのように教えられた。私は一面がピンクだった地球儀によって、教育を受けた。イギリスの領土がピンク色で、示されていた。ところが、第二次大戦が終わると、植民地が次々と独立して、ピンク色だった世界が、さまざまな色に塗り替えられてしまった。
大英帝国は植民地を徹底的に搾取することで、栄華を保っていた。お人好しの日本人が、台湾、朝鮮の経営に巨大な投資を行って、本国から壮大な持ち出しをしたのと、まったく違っていた。どうして、イギリスが植民地支配なしで、栄華を維持できたことだろう。
日本の手によって、戦争に必ず勝つはずだったイギリスが、大英帝国の版図をすべて失った。[1,p46]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄英国人の感じた「衝撃」と「屈辱」には人種偏見も潜んでいる。
__________
当時、私は『ロンドン・タイムズ』東京支店長だったが、白人社会では戦後一貫して、日本への憤りが蔓延していた。そこには怨念があった。イギリスは何百年も続いた植民地から、一瞬にして駆逐された。戦闘に敗れたというだけではない。栄華を極めた大英帝国の広大な植民地が、一瞬にして消えたのだ。この屈辱は、そう簡単に忘れられるものではない。イギリスは1066年にノルマン人の侵略を受け、国土を占領されたが、ナポレオンやヒトラーの侵略を斥けた。だが、その帝国の植民地がなんと有色の日本人によって奪われた。イギリス人にとって、有色人種に領土を奪われ、有色人種が次々と独立国をつくったことは、想像を絶する悔しさだった。[1,p37]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄__________
『猿の惑星』という映画があったが、まさにそれが現実となったような衝撃だった。・・・人間-西洋人-の真似をしていた猿が、人間の上に立つ。それが現実となったら、どれくらいの衝撃か、想像できよう。[1,p45]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄『猿の惑星』とは例えではない。原作者ピエール・ブールは、まず『戦場にかける橋』で、自ら日本軍の捕虜になったと称して、残虐で無能な日本軍が英軍捕虜に強制労働させて、タイのクワイ河に橋をかける物語を書いて、大ヒットさせた。
次に、それをSF映画に発展させて、日本人を猿に見立て、人間(白人)が支配されるというシナリオを仕立てたのである。[2] そんな悪意も露知らず、日本でもこの映画は大ヒットした。
しかし、ストークス氏は、日本には日本の見方がある事を知った。
__________
私の親しい知人である加瀬英明氏をはじめとする保守派と呼ばれる人たちの立場は「日本は侵略戦争をしていない」、アジアを「侵略した」のではなく、「解放した」というものだ。これは日本人の立場に立った主張だ。私はイギリス人だから、イギリス側の見方に立って考える。イギリス人からすると、「日本は侵略をしてきた」となる。イギリスがアジアに保持していた植民地を、日本が「侵略」してきた。イギリスにしてみれば、「日本は侵略国」だ。
アメリカ側の見方は、また違ったものだろう。私はアメリカ人ではないので、アメリカ側の視点とは異なる。アメリカ人は、「日本人は明確なアメリカ領土のハワイを、攻撃したのだから、日本がアメリカに侵略戦争を仕掛けた」と、主張するだろう。[1,p26]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄先の大戦は、日本にとっては、自らの自存自衛とアジア諸民族の独立のために戦った「大東亜戦争」であったが、アメリカにとっては「太平洋戦争」だった。アメリカが日本占領後に「大東亜戦争」という呼称を禁じ、「太平洋戦争」と呼ばせたのは、アメリカ側の歴史観を強制するためだった。
しかし、同盟国だったアメリカとイギリスでも、その歴史観は異なる。日本によって植民地を奪われたイギリスからの視点に立てば、その対極に「植民地解放」という、もう一つの視点があることが見えてくる。
植民地の「侵略」か「解放」か、については、さらに議論がありうる。
__________
日本がアジアの植民地を侵略したのは、悪いことだったろうか。侵略が悪いことなら、世界史で、アジア、アフリカ、オーストラリア、北米、南米を侵略してきたのは、西洋諸国だ。しかし、今日まで、西洋諸国がそうした侵略を謝罪したことはない。どうして、日本だけが欧米の植民地を侵略したことを、謝罪しなければならないのか。東京裁判では、「世界で侵略戦争をしたのは、どちらだったか」ということに目を瞑(つむ)って、日本を裁いた。
それは侵略戦争が悪いからではなく、「有色人種が、白人様の領地を侵略した」からだった。白人が有色人種を侵略するのは『文明化』で、劣っている有色人種が白人を侵略するのは「犯罪」であり、神の意向に逆らう『罪』であると、正当化した。[1,p39]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄このように異なる歴史観の間でも、論理的な議論はありうる。そこでの有力な武器は、「白人の侵略は良くて、日本人の侵略は悪」という二重基準(ダブル・スタンダード)を突くことである。
ストークス氏は触れていないが、「植民地解放」という見方は、中国の「日本帝国主義批判」という歴史攻撃に対しても有効である。
そもそもかつての清国は満洲族による帝国であり、漢族はその植民地として支配されていた一民族に過ぎない。日清戦争は、その清国から韓国の独立を維持するための戦いであり、さらに日本は旧態依然とした清朝では欧米からの侵略は防げないと、孫文による革命を支援した。[c,d]
しかし、孫文の後継者の中で、汪兆銘は日本とともに欧米諸国に立ち上がったが、蒋介石は欧米と組んで日本と戦った。毛沢東以下の中国共産党はソ連の手下として、日本と蒋介石政権を戦わせて、両者共倒れを狙ったのである。
マレーシアやインドネシアなどの英領植民地においては、華僑は植民地政府の手先として現地人搾取に荷担し、進攻してきた日本軍に現地人は協力したが、華僑は英軍と共に戦った。
戦後、アジア諸国が独立すると、中国共産党は朝鮮戦争、ベトナム戦争などアジアの共産化を狙って侵略の触手を伸ばした。内陸部ではモンゴル、ウィグル、チベットなど植民地支配を広げ、海洋では南シナ海、尖閣諸島など周辺海域に侵略の手を広げつつある。
中国は戦前は英米やソ連の手先としてそのアジア侵略に荷担し、戦後は自ら周辺諸国を侵略してきた。それと戦ったのが日本だった。「植民地解放」の視点からは、こういう中国の実像が見えてくる。
以上のように日本には日本の歴史観があり、日本人はそれを国際社会で、もっと強く発信すべきだと、ストークス氏は説く。
__________
日本は相手の都合を慮(おもんばか)ったり、阿諛追従する必要はない。アメリカはアメリカの立場で、中国は中国の立場でものを言う。当然、それらは食い違う。だが、それでいいのだ。世界とはそういうものである。日本だけが物わかりのいい顔をしていたら、たちまちつけ込まれてしまう。[1,p4]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄「思いやり」という日本人の民度の高さが、民度の低い国際社会においてはマイナスとして働く。「思いやり」などという言葉を辞書に持たない国には、それなりの対応をしないと、大変な事になる。
__________
もう一つ私が声を大にして言いたいのは、「南京」にせよ「靖国参拝問題」にせよ「慰安婦問題」にせよ、現在懸案になっている問題のほとんどは、日本人の側から中国や韓国に嗾(けしか)けて、問題にしてもらったのが事実だということだ。この問題をどうするか、それは日本人が自分で考えなければならない。[1,p5]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄弊誌でも取り上げてきたが[e]、近年、日本の一部マスコミが、中朝韓の手先として反日報道をしている実態が明らかになってきた。
まずは我々日本国民一人ひとりが、歴史を自分で勉強して、何が正しくて、何がプロパガンダなのか、判断しうるだけの見識を積まなければならない。そして、他国のためのプロパガンダを流すマスコミに対しては不買運動などで批判の声を上げなければならない。
それが我が国の自由民主主義社会を守るための国民の義務であり、かつ子孫のために自らの生命、生涯を捧げてきた先人への責務である。
(文責:伊勢雅臣)
若い頃、すぐ氾濫する川のそばに住んでて、記録的な大雨のあと冠水した道路に大量のフナがじっと死ぬのを待ってるように浅い水溜りの中にいて、たまらない気持ちになり、バケツに片っ端からすくい上げては川に戻しに行く、と言うのを何往復も繰り返していて、
道端のおっさんが「あんた何してんの」と声をかけてきて、フナを川に戻してます、と言うと二往復くらいバケツを持つのを手伝ってくれて、「あんたいつかフナが恩返しに来てくれるよ」と声をかけられ、(フナがいつか恩返しに来てくれるのか)と漠然と心にずっと残ってたのだけど、
最近ふと夫の誕生日が2月7日で「フナの日」であることに気づいて(あっ!!)と思い、夫に「あの時のフナなの?」と震えながら聞いている


